FILM DIARY July 2022

Text by 二井 梓緒

暇さえあれば映画が見たいスプーン三年生による、
映画評論ブログ#6です。
よろしければお付き合いください。



どちらかというと私はフィクションよりもドキュメンタリーが好きだが、いちばん好きなのはモキュメンタリーだ。フィクションとドキュメンタリーを行き交い、その狭間で揺れ動く様にいつも感銘を受けるし、なによりモキュメンタリーというのはドキュメンタリーよりもよっぽどスタッフと被写体の信頼関係がないとつくれないものだと思うからだ。

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▼モキュメンタリー【mockumentary】
《mock(まがいもの)+documentary(実録)から》
ドキュメンタリーの手法を用いて、
事実であるかのように表現されたフィクション作品。
また、その手法。フェイクドキュメンタリー。
(webioより引用)
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もともとモキュメンタリーに対する衝撃を受けたのはイランが産んだ名匠、アッバス・キアロスタミ監督の「ジグザグ道三部作」で、映画の可能性の大きさに感動したことは今でも忘れられない。そして最も優れたモキュメンタリーは清水宏監督の「蜂の巣」シリーズだと思う(なかでも『大佛さまと子供たち』(1952)は人生ベスト)。

そんななかで久しぶりにみたモキュメンタリーの中ですごく良かったのはヴィム・ヴェンダース監督の『ニックス・ムービー / 水上の稲妻』(1980)だ。
ヴェンダースは言わずもがな『アメリカの友人』、『ベルリン天使の詩』、そして『パリ・テキサス』など、日本では現在でもリバイバル上映が度々されているくらい未だ脚光を浴び続けているし、小津安二郎をテーマにした『東京画』や、ヨウジヤマモトのドキュメンタリー『都市とモードのビデオノート』など、ドキュメンタリー面でも面白い(ヴェンダースの中で私がいちばん好きなドキュメンタリーは『666号室』。最高!)。

そんな中『ニックス・ムービー』は私はてっきりニコラス・レイ(『理由なき反抗』!の監督。ヌーヴェルヴァーグにもかなりの影響を与えた巨匠)を主題にしたドキュメンタリー作品かと思っていたら、レイが肺癌で死ぬ間際を撮ったことには変わりがないが、たくさんの演出が施されている。そのきめ細やかさがすごく面白い。(もちろん、完璧なドキュメンタリーというのは本当に一握りで、演出は少なからず入っていく。例えば誰かの部屋を撮ろうと思った際に、少しでも物を片付けたりした時点でそれは演出だと思っているので。)レイが肺癌によって苦しみながらも創作を続ける姿が映し出されるが、その間間でヴェンダースとレイの会話やスタッフの様子など、撮影プロセスも映される。そうすることで、ただベッドで寝ているレイを撮ったのではなく、光の加減やレイの座り位置、語り方がいかに演出されているのかがわかる。そしてそれはヴェンダースだけのこだわりではなく、レイとヴェンダース二人によっての演出だとわかる多くのカットで二人の映画に対する直向きな姿勢に深く感動する。劇中、現実とフィクションはだんだんと曖昧になっていくが、フィクション的な感情移入操作は一切せずにカメラは淡々とレイの死を追っていく。感動的では決してないのに全く薄っぺらくないし、レイとヴェンダースの信頼関係があってこその作品であり、これもひとつの、映画にしかできない芸術なのだと気づく(映画を撮るというよりもレイと一緒にいるような感覚、多分撮影という目的がなくてもヴェンダースはレイとともに過ごした気がするから)。映画はレイの「カット」という声とともにエピローグを迎える。ジャンク船が彼の夢だったとスタッフは口にし、船の上でスタッフたちが酒を飲むカットになる。船の上にはお骨らしき壺が映り、レイはこの世にいないことを観客は知る。その美しい一連の動き。制作スタッフたちが撮影中の思い出をただ喋る。

レイが死ぬ直前のインタビューで、ヴィムとの撮影はどうだったかと尋ねられたとき、彼は「大好きな作品になった。たまには遊んでみるのも楽しいもので、そうすることで、物事を総括し、自分の仕事のやり方がまだ正しいのだと自分に言い聞かせることができるから。」と答えた。素直に楽しいと言える作品は本当に愛おしいし、エピローグのスタッフたちの語り口よってやはり映像、とりわけ映画の素晴らしさというのは決して一人ではつくれないからなのだとわかる。本当に素敵な愛に溢れた作品だと思った。

また、5月に記者会見が行われたヴェンダース監督の『THE TOKYO TOILET Art Project with Wim Wenders』にスプーンは制作チームとして参加しています。5月はシナリオハンティング期間として数日間行動を共にしましたが、彼の眼では(もしくは彼の中のスクリーンでは)いまの東京が、どのような景色が見えるのか、撮影がたのしみです。



⼤学院ではアッバス・キアロスタミの研究をしていました。たまに批評誌サイトに寄稿したりしています。 ⾒た映画のなかから考えたことなどをこれから少しずつ書いていこうと思います。

⼆井