イベントレポート:根本宗子×奥山由之

11月24日(日)12:30の回109シネマズ二子玉川&15:00の回@テアトル新宿

この日は第3編の脚本を担当した劇作家・演出家の根本宗子さんと奥山由之監督が登壇。二人の親交は奥山監督が根本さんの舞台に足を運んだことから始まり、プライベートでは友人として交流を重ねてきたものの、人前で二人で話すのはこれが初めての機会となった。根本さんに脚本を依頼した第3編は、今田美桜と森七菜の演じる姉妹が激しい舌戦を繰り広げる物語となっている。複数の脚本家によるオムニバス・ストーリーの中で真ん中にあたる3編目は、前の2編とはガラリと雰囲気を変えて見慣れた眺めを異なる側面から見せる時間でもあり、根本さんは奥山監督の希望を受けて、喧嘩の熱量が最も高いところから始まる物語を執筆。「通常は後半にいくにつれてだんだん熱量が上がっていくと思うんですけど、チャレンジングなことをやらせていただいて自分としても気に入っています」とその体験を語った。

全編共通のロケーションにはベンチが一つのみ。シチュエーションが限られているという意味では舞台のセットに近いかもしれない。根本さんが作・演出を手がける舞台を観て、限られた空間を広く使っている印象を受けていたという奥山監督は、その中で登場人物同士が感情を吐露し合う躍動感や疾走感、時折り混在するユーモア、同じセリフがリフレインされる中で人物像が浮かび上がってくることなどを魅力として挙げる。本作ではそんな根本さんの脚本を最大限に生かすため、演出では会話のやり取りに間髪を入れず、セリフとセリフが被さるほどのスピード感を意識していたと明かした。

一方の根本さんも「個人的に結末のちゃんとあるものが好きなので、私が書くなら最後に二人にとってのこれからを何かしら提示できるような終わり方にしたいなと。普段から自分の作品の中では、客席の胸ぐらをグッとつかむようなセリフを印象的なところで入れようとしているんですけど、15分という短さの中でいかにもセリフにこだわったように聞こえるのも恥ずかしい。その匙加減に悩んで、普段はあまり自分でセリフを口に出しながら書くことはないんですけど、この映画は執筆中に何度か読み上げました」と、本作ならではのアプローチとセリフへの向き合い方に言及した。

独立した一本の映画として考えれば15分の尺は短編だが、ワンシーンとしてはかなりの長丁場。撮影はシーンの最初から最後までワンカットの長回しで行われ、カメラ位置を変えながらそれを繰り返して撮った映像を、編集で一つにつないだ。当初は一発勝負で撮ることも考えたという奥山監督だが、「どんなにプロフェッショナルな役者さんでも、衝動的に動いたりすると普段以上に感情が強く乗ってくるので、身体と心の整合性のバランスが取れないときには両者の連結が不安定になることがある」という根本さんの指摘を受けて撮り方を変更。さらに役者陣は本番前に何度もリハーサルを重ねたという。

舞台のベンチは多摩川遊園に実在し、劇中の設定と同じく、もともと三つあったものが順番に撤去されて最後に残された一つだという。撮影が長期にまたがったため、その間に最後の一つがなくなってしまうのではないかという不安との闘いもあった。根本さんにとってはそれも執筆の大きなヒントになったそうで、「私にとっては誰に向けて書くかが大事なんですけど、今回は脚本先行の作り方で、役者さんへのアテ書きではなかったんですよね。じゃあ物語自体をどこに向けてアテ書きしようかと考えたときに、ベンチがなくなったら困るという思いを持った人を全然違う角度から入れたいと思ったんです。だから奥山さんにアテる気持ちで書いたんですよ。ベンチに思い入れのある張本人は本編に出てこないじゃないですか。私の中では彼が奥山さんだったんです(笑)」と暴露。奥山監督もこのサプライズに驚きながら笑顔を見せていた。

実は公開初日にも同劇場に自作を観に来たという奥山監督。ここは舞台となった多摩川遊園からほど近く、観終わった後の余韻を楽しみながら現地に足を運ぶこともできる。インディペンデント体制で制作・公開にこぎつけたゆえに、最後は奥山監督が「これから全国の映画館でも上映していくのですが、今日観て少しでもいいなと思っていただけたら、お知り合いにもお伝えいただけるととても嬉しいです」と客席に語りかけて感謝の気持ちを伝えた。

この日はテアトル新宿でもトークショー

二子玉川から移動してふたつ目のトークショーはテアトル新宿にて。これまでと同じように、奥山由之監督自ら『アット・ザ・ベンチ』を作るきっかけとなったベンチへの思いを客席に届けてから、観客との質疑応答へ。

今日が二回目の鑑賞で特に第3編が好きだという女性客は、自分の過去に追いかけられているようで泣いてしまうほど感情移入したそうで、「最後の妹のセリフは、まさにかつて自分が誰かにそうして欲しかったことを言っていて、救われた感じがありました」と告白。

その上で、第3話の天候について尋ねられた奥山監督は、初めて脚本を読んだときに嵐が過ぎ去った後のような印象があったそうで、15分間の中でも二人の関係性の変化に合わせて天候が変わっていることに触れた。当日は寒くて雨が降ったり止んだりしており、テイクによってはもっと強く降っているカットもあったが、むやみに悲壮感を助長しないためにも編集で調整したという。それを聞いて「寒い中で芝居をするのが環境的には一番難しいと思うので、自分の作品ではできるだけ避けています。私が唯一書いた映画『もっと超越した所へ。』の脚本でさえほとんど室内のシーンだったぐらいですから」と根本さん。現場に“天気の子”(妹役の森七菜は映画『天気の子』でヒロインの声優をつとめた)がいてくれたおかげで天候に恵まれたのかもしれません、と奥山監督が応じると、客席に温かな笑い声が広がった。