イベントレポート:奥山由之 × 生方美久
@テアトル新宿・109シネマズ二子玉川

【第1回】11月16日(土)12:30の回 @テアトル新宿
ゲスト:生方美久(脚本)、奥山由之監督

 『アット・ザ・ベンチ』最初のトークショーは11月16日。 “邦画の聖地”として名高いテアトル新宿で実施。この日のトークショー付き上映会のチケットは発売してすぐに完売となるなど、会場は満席の大盛況となった。

 映画上映後、ステージに登壇した奥山監督は、本作着想のきっかけとなったベンチについて「この作品に出てくるベンチは、もともと僕が大好きな、実在するベンチなんです」と切り出すと、「僕はその近くで小さい頃から暮らしていたんですが、古ぼけて、ちょっと頼りなさげな哀愁感のある佇まいにいつの間にか愛着を抱いていました。でも2年くらい前にベンチの近くで大きな橋の工事が始まって。東京で暮らしていると、部分的に街が変わっていって、思い入れがある場所でも、以前はどういう景色だったのか、気付いたら記憶が塗り替えられてだんだんと思い出せなくなってしまうことがあると思います。なので、この大好きなベンチも、いずれ撤去されてしまうのかもしれないと思ったら、なんとか作品として残しておかないと後悔しそうだなと思って。変わりゆく景色の中で、変わらずそこにあるベンチを舞台に、ある日のある人たちの日常、非日常を描きたいと思い、すぐに企画書を書きました」と説明。

 生方とはそれまで面識がなかったという奥山監督だが、ドラマの「踊り場にて」や「silent」などに感銘を受けたということで、SNSを通じて直接オファーを出したという。その時のことを「すごく面白いDMが来たんです」と振り返った生方は、「普通に企画書でこういうことをやりたいです、という話をものすごく丁寧に書いてくださったんですが、その中に絶妙に自己紹介が織り込まれていて。突然好きな音楽の話がはじまったりして。面白かったですね」と笑顔でコメント。奥山監督は、「(依頼書が)だいぶ堅い文章になってしまっていて。面識のない人からいきなり形式的な企画書が届いたら、人物像が捉えづらいし、日々沢山の企画書が生方さんの元に届く中で、なんとか違和感や目立てる要素をと思って、最後の最後に『ちなみに~』ということで、人物像や影響を受けた創作の背景が分かるように、好きな音楽を書き加えたんです」と振り返ったが、生方自身は「でもそれで親しみやすさを感じました」とのことで、好感触だったようだ。

 だが自主制作の映画ということで、この時点では劇場公開も何も決まっていないような状態でのオファーだった。生方も「最初のDMの時点で『広瀬すずさんと仲野太賀さんに依頼する予定です』と書いてあったんです。でも、自主制作の映画でこの2人の名前が挙げられたら、今はやりの詐欺みたいだなと。そう思われる方もいらっしゃると思うんですが、ただご存じの通り、奥山さん自身、写真とかMVの世界で実績のある方ですし、実際に広瀬さんの写真集も撮られている方なので。だったら詐欺ではないのかもと……」と冗談めかしながらも、「でも企画は面白そうだし、タイミング的に昨年の1月で。わたし自身『silent』が終わったばかりだったので。どうしても『silent』みたいなラブストーリーを書きませんか? といったオファーが多い中でこういう依頼が来たので、それがすごく新鮮で。やってみたいなと思って、お願いしますとお返事をした、とい感じでした」と振り返る。

 本作では、俳優たちが等身大で自然体の演技を披露している。奥山監督が「この間、広瀬さんがおっしゃっていて、なるほどなと思ったのが、これがもしベンチだけのワンシチュエーション作品ではなく、職場のシーン、家のシーンなども織り込まれている映画だったら、例えば職場の先輩との会話や、家でお母さんと話すこともある。そうなると、莉子という人物の輪郭が良くも悪くも自分の中でくっきりと明確に見えてくる。発話の仕方、表情の作り方など、徳人だけではない人たちと会話することでより莉子を総体的に捉えることになるので、逆を言えば、あそこまで自分自身の癖とか、広瀬すず個人としての個性みたいなものを莉子と混在させることは出来なかったかもしれないと。ベンチで徳人と話すシーンしかないからこそ、自分の中での想像の余白が広がって、人物像の振り幅が狭まることなく、ある程度自分自身に近付けて演じることができたと話していて、それはなるほどなと思いました」と振り返ると、生方も「これも広瀬さんご自身が言っていたことですが、観てくれた知り合いが『莉子というよりは、すずじゃん』と言われたと。広瀬さんを知っている人からそう見えるということは、広瀬さん自身お芝居をしている感覚がなく、できているんだなと思いました」とコメント。さらに「わたしは1編ができあがった時に、こんなに自分が書いたセリフじゃないような感覚で観ることができた、というのがはじめてでした。広瀬さんとも撮影の時にちょっと会っただけだったので、広瀬さんの人となりをほとんど知らない状態であてがきしたんですが、でも本当にそこに莉子と徳人がいるという感覚で観ることができました」と振り返った。

 そして最後にあらためて奥山監督が「個人的な思いを起点に始めた小さな創作が、こうやって皆さんに観ていただけるというのは、それだけでとても嬉しいこと。インタビュー取材でも、制作意図や過程などを話しているので、そちらを読んでいただいて、もう一回観たいと思っていただけたなら、これから全国の劇場で上映を続けていくので、ぜひお越しいただけたら」とあいさつすると、生方も「わたしの元バイト先でもあった群馬のミニシアター(シネマテークたかさき)でも上映するので、群馬に行けるよという方はぜひ」と付け加えた。

【第2回】11月16日(土)15:00の回 @109シネマズ二子玉川
ゲスト:生方美久(脚本)、奥山由之監督

 そしてこの日二度目のトークショーは撮影場所となったベンチの近隣エリアで営業している109シネマズ二子玉川で行われた。こちらの会場もチケット発売からすぐに完売。超満員の会場にやってきた奥山監督は「このベンチがある場所、分かりますか?」と客席に尋ねると、「ここから歩くと20分ぐらいの場所で、多摩川遊園と調べると行けますのでぜひ」と呼びかけた。

 この回では客席からの質問を受け付けることに。「この日のチケットは早々に売り切れたので、今日は来られて良かった」というお客さまからは、「お気に入りのシーンは?」という質問が。それには生方が「わたしは書いた側なんであれですが、ほとんどセリフは脚本通りにふたりがしゃべってくれているんですけど、アドリブがちょこっとあって。やはりわたしが書いていないところが印象に残っていて。広瀬さんが笑った時に(スーパーの)ビニールを落として『落としちゃった!』と言ってかわいく拾うところがあって。あれはさすがに書いてなかったんですけど、流れでアドリブでやってくれていて。確かにもし自分がそこのセリフを書くとしてもそういう風に書いただろうなと思ったですし、本当に役に入って演じてくださっているんだな、というのがすごく良かった」と返答。

 さらに「(莉子がスーパーで買ってきたものを徳人に見せるシーンで)見たことのないメーカーのキャラメルのことを、仲野さんが“出た、ハーモニーキャラメル!”って言うじゃないですか。あれ、わたし書いてないんですよ」と笑いながら明かすと、奥山監督も「あれはカメラを回す直前に、太賀くんにだけ、ここをこうして、と追加で演出を伝えていて。広瀬さんには伝えないでおくと、太賀くんの即興的な言動に対して広瀬さんが瞬発力で打ち返す。そうやってその場で生まれた偶発性をどんどん内包していきました。1編目の終盤、太賀くんが敢えて逆方向に行こうとするのも、直前にお願いしていますね。感性が鋭くて対応力のあるお二人だからこそ成り立っている演出ではありますが」と説明する。

 そしてこの日最後の質問に。「生方さんの作品には何度も助けていただいて。いつも心に寄り添ってくれるような作品ばかりで。だからこそ、つらい日々を乗り越えられるような生方さんの作品を観て、わたしも将来脚本家になりたいと思いました」と語る女性が、「脚本を書く上で大切なことってありますか?」と質問。

 そんなまっすぐなコメントに「ありがとうございます。何か泣いちゃいそう……」と語る生方は、「これは人に勧められることではないかもしれないんですが、“ちゃんと傷つくようにしよう”というのは普段から思っていて。人間、生きているだけで、なんでこんなにつらいんだろうと思うことがあるじゃないですか。そういう“しんどいこと”こそ忘れないようにしようと。ドラマ『いちばんすきな花』なんかは特にそうなんですけど、こんなちょっとのことで傷つく?というようなこと。外から見たらしあわせそうだと思われちゃいそうなことでも、“自分はしんどいんだ”ということを大事にする、というか。自分が恵まれているとか、全部をポジティブに考えなくていいと思っていて。そういうネガティブな考え方って本当に生きにくいですけど、そういうのを創作に生かすと、同じようなことでしんどいと思っている人が、作品を観て救われたと言ってくださる方がいるんだな、というのは、連ドラを3本やって。この映画も公開された今、ものすごく感じています」と返答。

 そこに補足するように奥山監督も「生方さんが作り手としてすごいなと思う点があって。人間はどこかしら矛盾を抱えて生きているじゃないですか。必ずしも一面的にいい人とか、悪い人というのは存在しないはずで。自分でも思ってもみなかった自分がある日突然顔を出してくる、みたいなこともあるわけじゃないですか。でもその矛盾に目を向けて、じっくりと注視して腑に落とそうとするのってけっこう面倒で体力を必要とすると思うんです。各登場人物ごとに魅力的な部分もあれば、そうではない側面もある、ということを理解しようとするのって、書いている各人物に対して心から愛情を注いでいるからだろうと思うんです。人間が多面的であるということにちゃんと目を向けて、ちゃんと引き受けようとするのってものすごい責任感だなと思う。それは本当に勇気のあることをされているし、大変だろうなと思いながらも、僕もそうでありたいと思って作っています」と付け加えた。