Spoon.対談
Spoon.対談
日本の映像制作の真ん中めざして
ヤングガンズの高きバイブス

King GnuなどのMV、企業のWEBムービーやテレビCMを多数手掛ける撮影監督の光岡兵庫さん。芸術性の高い動画作品を撮るCinematographerとして手腕を発揮しています。今回は、藤井風「満ちてゆく」のMV制作秘話を中心に、SpoonのPM増田幹と対談をしていただきました。「同世代のヤングガンズ」なふたりの漏れ出るバイブス、感じてください。

監督不在のロケハン
初のNY・英語しゃべれない3人組のあきらめない選択

おふたりの出会いは。

光岡

共通の知人がいて、でも最初はあいさつ程度でしたね。今回はじめて一緒にお仕事することになりました。

増田

最初にあったとき「Spoon、バイブスいいよね」って言ってた(笑)。

光岡

ほかのプロダクションとは違う空気感なんですよね。みんな、ものづくりしているなっていう感じ。”業務的な映像制作“ってなりがちなところを、「どうやったら作品がよくなるか」「どうつくれば社会に影響を及ぼせるか」と先の先まで考えている人がSpoonには多いという印象です。今回『満ちてゆく』でご一緒して、その思いをより強くしました。普通、最初に予算の話になりがちじゃないですか。でもまず、「どういう作品にしたい?」という話から始まって、「それならどこで撮るか」となって、最終的にお金の話に。僕らはまず、どうやったらいい作品が撮れるかを考えたいので、その順番がしっかりしていてやりやすかった。

ふたりの初仕事でいきなり、監督抜きのNYロケハンだったと聞いたんですけど。

増田

Gafferの岩渕隆斗君と3人でしたね。ロケハンに行く前にある程度NYのプロデューサーと遠隔で確認していたんですけど、急遽監督が行けないとなって。

光岡

びっくりしましたよね。

増田

ロケハンに行ったら一度帰国して、話し合って、もう一度渡米して撮影…という流れが普通なんですけど、今回は時間がなくて撮影の5日前に3人が先行してNY入り。そのまま帰らず撮影というタイトさでした。

海外のロケハン、大変そうです。

光岡

泊ったホテルが、僕ら5階で、7階がクラブだったんです。1日中朝から晩までロケハンして帰ってきたら、ニューヨーカーのパーティ軍団が長蛇の列。寝れねー(笑)

増田

ロケハンは、悩む大変さがありました。僕らが「ここならこうがいいね」とアングルを切っても、監督のイメージと違うことがあるんです。夜中に日本にいる監督にZoomで確認してもらうんですけど、いい反応じゃないとそのあとまた3人で悩むという。

光岡

「地下の方がいいね」と言われて、ピアノを地下に運んだりしたね。後半は「こう出したら、こう言われるよね」とわかってきて。でも監督の言うことを気にしすぎるのもどうだろう、俺たちが切りたいアングルを切ればいいんじゃない、となったり。結局、本番前日には「あとはもうやるしかねえ!」でした。

増田

始まったら対応できる、という自信が3人ともあった。とはいえ求められていることはもっと高かったよね。しかも全員がNY初めてだったからなあ。

光岡

子猫が3匹ですよ(笑)。しかも全員英語しゃべれない。

えーっ! すごい冒険!

光岡

大変な状況だから、より一致団結したんじゃないかな。お互いの役割も、「マジで大変そうだな」とわかり合っていたし、カバーし合えた。普通は監督もいて、もうすこし業務的になるけれど、それよりだいぶ密でした。「この場所ならこう撮るといいよね」「街を歩く風くんを望遠で狙って」というアイデア出しも、普段そんなにやらないよというほどやったよね。日本と勝手が大きく違う場所なので、そうでなかったら成立しなかった気がします。 いつもホテルで3人、僕の部屋で集まってね。年も近くて、修学旅行みたいだった(笑)。誰一人あきらめない、くじけない、保険的な選択を選ばない、本当にいいメンバーでした。

撮影は異例のライブ感

光岡

山田智和監督は、ロケハンの写真を見てアングルを決めてその通り撮るような方ではないんです。現場で「空気感をどう撮るか」という方。ふつう撮影のときは、ここならアングルに入ってこないからベースを立てようとか、スタッフをここにまとめようと決めるんですけど、それもしないんです。現場に行ったら「こう撮るよ」と言ってすぐに始めるので、全部署が全力で対応しましたね。

増田

カメラマンとしては、大変でしょう?出演者がどう動くかはその場のライブ感次第。ミッツ(光岡さん)はそれに順応して、即対応していた。広告などはクライアントとの話し合いが事前にあって、決められた通りにやることが多いと思うんですけど、芝居を撮るってやっぱり別だなあと感じました。広告と物語では、カメラマンのスタンスが違うんでしょうね。

光岡

どっちもよさがあります。海外での撮影だったり、大きい撮影であるほど、ガチガチに決めることの方が多い。どこでどういうアングルを切って、俳優がどう動くのかしっかり決めておかないと、作った美術からはみ出てしまうので。でも、ガチガチよりもライブ感のある時の方が、より上のステップに行けるときがあるんですよ。見たことがないようなものになったり、すごくリアルになったり。今回のライブ感は、よく作品に反映されているなと思いました。

監督の「撮りたい」の地を固めるのが
プロダクションの仕事

増田

撮影のときはいろいろな奇跡が起きたよね。ロケハンのときは日中暑いくらいだったのに、本番にはめちゃくちゃ雪が降り出して。あの雪は本当によかった。スケジュール的にも、1カ所ロケ地が「この日はダメ」となってしまって、違うロケ地と撮影する順番をテレコにしたんですよ。それが冒頭のシーン。雪が降ったのはその日だったから、だいぶミラクルでしたよ。

光岡

そのとき、屋内で撮るはずだったシーンが急遽「外で」となってね。路地裏みたいなところで、スタッフ全員でバタバタと外に出て、また戻って、「おらあー!」みたいな感じ。もう、お祭りですよ。山田監督だなあ~!と。いい意味でスタッフを追い込んで、内なるパワーを出させるという。一般的にスタッフは、言われたことのなかでベストを尽くす。そこを山田監督は常に、いろんなスタッフに「君だったらどうするの」と問いかけるコースを進むので。それが一発目の早朝から発揮されて、みんな「なるほど!」とわかって。よかったですよね。

スタッフに対応力が求められますね。

光岡

山田監督は、NYという場所に対してビビっていなかった。ふつうは、普段と違う場所だしうまくいくかな、大丈夫かなという気持ちが湧くものじゃないですか。監督の場合は、自分の思っているものはどんな状況でも絶対に撮る、という思いが強いと感じました。

増田

監督はそうであってほしいです。やりたい、撮りたいを貫いてほしい。その地を固めるのが制作、プロダクションだと思うんですよ。それでもどうしてもできないというときはもちろん話すけれど、基本的には監督のやりたいことは叶えたい。

光岡

3人で行った甲斐があったかもしれませんね。……自ら追い込まれに行った?

増田

別に僕はドMではないから。

光岡

「ドMでしょう君たち」って言われるくらい追い込まれたけど、なんか楽しかったですね。映像制作において地を固めることが一番大事。それがないと、撮影できませんから。今回はとくに、よくこの状況でいい土台をつくってくれたなと思います。

受け身じゃなくて、考える
Spoonの人の育て方

この仕事を経て、スタンスが変わったなどありますか?

増田

変わっていないです。実務的に段取りをするということではなく、内容を考えてどうすればよくなるかと提案含めて関わっていく。そういうアプローチをするよう、この会社に育てられているので。今回もそれができていたし、今後も変わらないんじゃないかな。

光岡

強いですよ、Spoonさんは。なかなかいないですよ、このスタンスになれるのは。根本が映像づくりを好きじゃないとできないと思います。ちゃんと心があるというか、単純な作業になっていない。ホント、映像制作オタクだと思いますよ。

増田

オタクですかね……。

何十人もいるスタッフを束ねるのに、意思統一ってどうしているんですか?

増田

違う方向を向いていることが悪いわけではない気がしていて。別に180度違うところを向いているわけではなくて、あくまでもその先に「作品をよくする」がある。それが監督の求めているものに合うかどうかだけですよね。監督に対しての選択肢が増えるという意味では、悪いことではないと思うし、意思統一はあるようでないような。 僕が『満ちてゆく』の制作でやっていたのは、みんなに「いいものをつくろう!」という気持ちを伝えることでした。

光岡

言っても伝わらないときもありますよ。それでも伝えないといけないときは、結局誰よりも動いて、声を出して、ということしかない。体育会系じゃないですけど、シンプルにそういうことになるんですよね。人間同士の仕事だから。

ちなみに、広告制作でその熱量を持つことが難しいときはないですか?

光岡

例えばこの映画っぽくしたいとか、そういうイメージを伝えると、みんなそういうの好きだから、いい作品にしていこうとなる。

増田

ミッツにはそういう仕事しか来ないと思うんですよ。消費される広告と、残っていく広告があると思うんですけど、ミッツには残っていく映像作品としての広告の話が多い。それは、光岡兵庫はそういうカメラマンだと業界的にも理解されているからですよね。

光岡

ありがたいですね。でもみんなそうじゃない? マッスー(増田)だって、自分だからできたという仕事しかしたくないよね。意識が高い人はみんなそう思っているんじゃないかな。ただ商品を映せばいい広告ではなく、そのバックグラウンドをちゃんと映さないといけないような。レベルが高く、考える必要のある仕事を求めている人たちは、カメラマンだけでなく、ほかの技術にも、制作にもいるよね。そういうバイブスの高い人たちと一緒に仕事をするって、単純に楽しいです。

制限のなかで必要なのは、何が大事かを見極める力

光岡

感覚的には二人とも、まだまだこれからがんばっていこう、日本の映像制作の真ん中に立てるようになって、盛り上げていきたいという気持ちです。そこにはバイブス、意識が必要ですよね。

増田

20代前半とか、もっと若い人にも同じことをしてほしい。

光岡

大事なものは、そういうところにあるんじゃないかと伝えたいですね。一生指示通りに動いて消費されるんじゃなくて、自分で考えて残していく方がいいんじゃないかと。この感覚でいられるベースにはやっぱり、映像が好きというのがあるんじゃないかな。

増田

最近思うんですけど、クリエイティブなことに対して予算は弊害になりますよね。

光岡

なる。でも、僕は結構気にするの好きなんですよ。そういうところを考えるほど、気持ちよく仕事ができることが多くて。みんなにきつい思いしてほしくないし、傷みは分かち合った方がいいじゃん。岩渕君もそうだよね。

増田

最近は作品をやることが多いからなおさらなんだけど、やっぱり最初は、「おもしろいものってなんだろうね」とみんなで風呂敷広げて、1000万しか予算のない仕事で5000万かかるような風呂敷になっちゃってもいいと思うんです。結局畳むしかないんだけど、じゃあこの中で何が大事なんだろうと狭めていくことになるから。

光岡

1000万円で何ができるかじゃなくて、この作品に何が必要なのかという話を先にできますからね。そこの対話が大事だから、予算のことも知っておきたいと思うんです。そこがわからないと水掛け論になってしまう。具体的に「じゃあこうしよう」が言えないと、ただ「いい材料待ってます」という人はよくないじゃないですか。映像制作を根本から知っていないとな、と思います。

増田

何が作品の中で一番大事なのかというのを見極める力は、業界が変わっていっているなかでより必要になっている気がします。変化っていうのはここ最近のことじゃなくて、だいぶ前からテレビの需要が減って、別のコンテンツに移行しているじゃないですか。予算の振り分け方もそっちに流れていって。広告にしても、15秒30秒じゃなくて長尺のものになっていっている。そうなると、今までの映像のつくり方とはちょっと変わってくる気がしているんですよね。尺が伸びるほどやれる範囲もひろがっていくので、そこに対してのアプローチが。

光岡

逆に短くもなっているからね。情報量も早すぎて。時代の流れを見ておかないと置いて行かれますからね。広告はマジで変化の速度がすごいので。広告が世の中を変えてるもんね。ただ、順応してコロコロ変わっても良くないから。だから早く僕は、変えられる側になりたいですね。いい方向に変えられるようになりたい。

頼もしいです。日本を、お願いします!

増田

「日本をお願いします」で終わった……。

光岡兵庫

フォトグラファー・シネマトグラファー 1993年生まれ。

King Gnu・藤井風など一流アーティストのMV、映画『若き見知らぬ者たち』『ブルーピリオド』、UNIQLOやPanasonicの企業広告など、数々の映像作品で撮影を手掛ける。

増田幹

Spoonプロダクションマネージャー 1995年生まれ。

ポカリスエット『羽はいらない』をはじめとした広告作品から、藤井風『満ちてゆく』などのMV、WimWenders監督映画『PERFECT DAYS』まで、幅広い映像の制作を担当。

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