Spoon.対談
Spoon.対談
懐大きな助監督 × 人見知りPMによる
「この世界の楽しさ」の話

『PERFECT DAYS』などの映像作品から、数多くの広告作品を手掛けてきた助監督の鈴木雄大さん。JAC AWARD 2023で「プロダクションマネージャー部門」でグランプリを受賞した、Spoon神谷諒PMと対談していただきました。神谷にとって「制作部としてのお手本」「根本に愛情のある人」である大先輩の鈴木さんと、どんな話が繰り広げられるのでしょうか。

出会いは「くすぶってる子がいるのでお願いします」

鈴木

ある日、Spoonの方からスケジュールの問い合わせがありましてね。「会社で周りから全然評価されてなくてくすぶってる子がいるんだけど、一緒に仕事してもらえませんか」って(笑)。そんなこと言われたことないから。 で、最初の打ち合わせに神谷君いなかったんですよ。途中で入ってきたんですけど、今よりさらに5㎝くらい前髪が長くて。しかもこちらが「よろしくお願いします、鈴木です」と言ったら、「神谷です」だけ言って行っちゃったんですよ。つんつんしてたよね。だから最初の印象よくないです。

神谷

こく…(うなずき)

鈴木

それが神谷君にとっては以前担当した案件のシリーズ2作品目で、キヤノンのCMでしたよね。前回うまくいかなかったことを、今回は修正したい思いがあったかと思います。でも僕は前回を知らないし、出会いがそんなだし、どうやっていくかな~と。 (笑) でもね、そんな彼が、送って来るメールはびっくりするくらい素晴らしかったんですよ。ちゃんと仕事のことを考えて、この作品をどうしていくかを考えていなければ書けないような内容だった。きちんと必要な情報が整理されていて。ちょっと、見た目の印象とまるで違ったんですよね。まあただの人見知りだったということですけど。仕事を一緒にするなかで、音楽が好きだったり、写真が好きだったりという話が聞けました。どうしても広告は短い期間でたくさんの人と関わるので、コミュニケーションは難しいんですよね。僕らの仕事は、出演される方、撮影部の方、照明部の方、美術の方が能力を発揮する環境を整えること。そこに時間や予算の制約があって、どうしていくかと常にシミュレーションしなくてはならない。そのときの神谷君は本当に素晴らしかったですよ。

あずけてもらえて、本当によかったですねえ。

神谷

こく……(うなずき)

勇気を振り絞った提案が、一本の映画につながる

鈴木

僕らの仲が深まったのは、そのあとの岩井俊二監督の「キリエのうた」。僕は制作担当で参加していたんですが、主演のアイナ・ジ・エンドさんを岩井監督に引き合わせたきっかけは、なんと神谷君なんですよ。

神谷

鈴木さんがいろいろ話してくれたおかげで、いろいろクリアに思い出してきました。あれはポカリスエットの案件がうちに来たときで、自分がこの仕事をおもしろそうだと感じて入社するきっかけになったのもポカリスエットだったんです。それで初めて自分から「つかせてほしいです」と声を上げて、最初はセカンドでつかせてもらいました。 でも、声を上げたはいいけどポカリスエットの仕事は本当に大変なことが多くて、くすぶってるって言われたのはそこなのかもしれないんですけど……本当に大変すぎて、ただもうがむしゃらで。 その仕事のときに、音楽をお願いする予定だったアーティストさんがだめになってしまったんです。みんな意気消沈してしまって。僕はROTH BART BARONというバンドがもともと好きで、企画のときから「いいと思うんですよね」「合うと思うんですよね」とこっそり言っていたんです。でもチーフから上には届かなかった。 ただ、最後の最後にめっちゃ行き詰まったとき、そのときだけは勇気を振り絞ってじかに監督に言ってみたんです。「監督がつくったVコンに当てた音楽とも親和性ありそうだし、今作っているコンテにもきっと合うと思うんです」って。あんなに勇気を振り絞ったことはないです。その場に音楽プロデューサーもいて、とんとん拍子で話が進んで、次の日にはそのアーティストが目の前にいて、打合せしてたんですよ。

えっ、すごいですね!

神谷

凄まじいスピード感でした。緊張しすぎてまともに話せなかったんですけど。でも、仕事をしていたらこんないいこともあるんだなあと。

鈴木

この仕事でROTH BART BARONとアイナさんが初めて組むことになって、その後岩井監督がROTH BART BARONのライブでアイナさんを見て、主演に抜擢したわけです。神谷君のあの提案がなかったら、「キリエのうた」が生まれていなかったかもしれない。始まりにいろいろ繋がっていったことが、すごい嬉しかったんですよね。 広告と映画って、同じ道具で撮っているから比べられることも多いんですけど、比べるのはナンセンスなんですよ。目的がまったく違うから。 例えば広告は、青という色が決まっていたら、その青にいかに近づけていくかの作業が多い。一方で映画は、長い期間を通してどんな色にしようかと考えていく作業が多いんです。 そんななかでSpoonがすごいと思うのは、その青にもいろんな種類があるよとすごく考えているところ。神谷君もよく考えていて、自分の意見を出すのも、アーティストを提案するのも勇気のいることで、なかなかできることではないんです。 自分の関わった作品のきっかけをつくった子が、こんなに近くにいたっていうのが嬉しかったよね。だから映画のスタッフTシャツをあげました(笑)。

神谷

嬉しかったです。僕は本当に人見知りで、よくこの仕事をやってるなって今でも思うんですけど。映像に対してすごく知識があるわけでもないし、大学時代にそういうことをしていたわけでもない。でもSpoonに拾ってもらえて、入って、がんばってやっていたつもりだったんですけどやっぱりなかなか……くすぶってて。スーさん(鈴木さん)にご一緒していただいたとき、3年目だったんですけど、3年目の平均よりはできないことがたくさんありました。基礎が成り立っていなくて、スーさんが必要だったんです。

鈴木

神谷君がPMのグランプリ獲ったの、すごい嬉しくて。保護犬がきれいにトリミングされて幸せになる動画とか、SNSで見るじゃない。あれみたいな喜びというか。 (笑) 結局、周りじゃなくて自分が変わらなきゃいけないタイミングってあって、そこで一緒に仕事できたのがよかったのかな。僕も今でこそCMの仕事を長くやらせてもらっていますけど、最初は制作会社の経験がないので負い目がありました。もともと自主映画や演劇の世界にいて、20代中旬くらいのときに広告の仕事を教えてくれるプロダクションのプロデューサーに出会ったんですよね。企画から完パケに至るまでの流れを覚えることができて。それまでお金の知識がなかったので、恥ずかしい思いもたくさんしていました。時間とお金という大切な設計図を、ちゃんと意識しながら仕事をできるようになったのが、広告をやったことによる一番の得たもの。

広告の時代が長かったんですか。

鈴木

映画から離れて、もうやらないのかなと思うこともあったんですけど、今またちょくちょくできるようになってきました。今は年で1本映画に3カ月ほど費やして、残りは広告というベースです。どちらかに絞れないんですよね。絞れない負い目というのもあったんですけど、最近はどっちもできてよかったと思います。双方から学んでいかし合える、ということは確実にありますし。

2人にとってほとんどご褒美
『アット・ザ・ベンチ』

鈴木

映画をつくる魅力のひとつは、形に残るということですね。神谷君と初めて仕事をしたときも話したんですけど、いつか一緒にできたらいいねと。『アット・ザ・ベンチ』で実現しました。

神谷

多摩川の河川敷にある小さなベンチを舞台に、いろんな人たちの日常風景を5つ切り出したオムニバス映画です。11月15日からの劇場上映が決まっています。

鈴木

監督の奧山由之さんの家の近所のベンチがもうすぐなくなってしまうかもしれないとなって、それを形として何かに残したいという個人的な思い入れでつくられた作品なんです。奧山さんがいて、その先輩の衣装の伊賀さんとメイクの小西さんがいて、撮影の今村くん、録音の佐藤さん、Spoonチームで神谷君と佐野さんがいて、僕も編集の平井くんと美術の花ちゃんを呼んで。そんな座組でつくっているんです。キャストもすごい面々なのに、本当に穏やかで。日常の空間をのぞき込んでいるようでした。

神谷

みんな無邪気に映像をつくることに対して純粋でした。でもプロの技だから、「なんだこれは……」となりましたよ。劇場も決まっていないのに、楽しいからやってるみたいな。

鈴木

撮影終わりに町中華行ってね、みんなで円卓囲んで。奧山さんの純粋な気持ちに共感して集まった人たちでやっていたので、それが映画に表れていると思います。規模の大きい作品ではないけど、こんな楽しいことをやっている人がいるんだなと思ってもらえたらいいよね。本当に、ご褒美のような時間でした。

そこに呼ばれるって、光栄ですね。

神谷

佐野プロデューサーから企画書を送ってもらえたので、やりたいと言ったんです。初めての映画作品でした。現場の優しい空気感がそのまま出ている、なかなか見られない映画だと思います。

映画界のレジェンドとレッドカーペット

映画『PERFECT DAYS』はお二人一緒ではない? 

鈴木

僕だけですね。Spoonは小林祐介プロデューサーが。 僕はチーフ助監督だったのでスケジュール管理が主な仕事なのですが、ヴィム・ヴェンダース監督は時間に対してすごく厳しくて、絶対にひとりでは乗り切れなかったと思います。小林君が本当に、タッグでした。

神谷

劇場で観たとき、制作陣を褒めたたえたい気持ちになりました。ロケ地、衣裳……Spoonの人たちを褒めたくなりました。

鈴木

あのヴィム・ヴェンダースと仕事できるなんて、思ってもないですからね。最初はプレッシャーでしたけど、監督は時間に関して僕をプロとして扱ってくれました。納得いかなければ全力で怒るけれど、逆に予定にない時間を使うことになったときはちゃんとお願いしに来る。とても貴重な経験でした。 そして広告の人と混合チームで作品に取り組めたのがよかった。それぞれの世界のルールを交通整理するのはものすごく大変だったんですけど。 役所広司さんはここにきて、一緒に飲んだんですよ。

えっここで?(Spoon社屋最上階&テラス)すごい。

鈴木

「なんでカンヌ来なかったんだよ」と言われて、いや呼ばれてないんだけどなと思いながら。そうしたら小林君が「カンヌも東京国際も行けなかったからアカデミー賞には一緒に行きましょう」と電話をくれたんです。夢みたいな時間でした。

神谷

めったにないことですよね。テレビ見て、Spoonの人たちがタキシード着ているから違和感しかなかったです。 (笑)

PMを続けてわかってくること

鈴木

CMの制作部は特殊で、とても大変だと思います。PMとなると、お金の管理、スケジュール、スタッフたちとのやりとりと幅広い。だからこそ、とてもやりがいのあるポジションだと思います。しっかりと準備したものしかきれいに流れないと思うんですけど、その時間が満足いくほどあるかと言ったら、ないことの方が正直多いよね。

神谷

時間、本当に足りないと思います。やれるだけのことをやって、最後は祈るような気持ち。

鈴木

若い子が何千万という予算を預かって案件を仕切るというのは、すごく大変なことですよ。映画だとお金に直接的に触れずに進めていけるポジションもあるんですけど、それが負担にならない一方で、本当ならちゃんと知っていなきゃいけない部分もある。だから僕は広告を経て映画をやったことがすごくプラスになっているんです。 けれどそういう縛りから一回解放されて、映画という形として残るものを神谷君とやれてよかった。

そんなことを言ってもらえるなんて、得難いことですね。

神谷

そうですね、本当に。まだまだ自分は……。

鈴木

ある程度やっていくと、自分と同じことを周りもできるようになって焦ることがあるんです。自分の仕事がなくなるのではと間違った認識をする。でも周りができるなら、自分はほかのことをできる時間が増えるからいいのに、不思議と仕事を抱えてしまう。他人に渡しても自分の存在意義がなくなりはしないのだけど、続けていないとわからないことではあるんですね。僕らは道具を持って技術を上げていくというポジションではない。だからこそ、一生懸命考えたことを周りに共有できないとわかってもらえないんです。変な話、まったく情報を把握してないような人でも、その場のコミュニケーションがうまければ評価されてしまうこともあるよね。

神谷

その悩みは僕も、若い後輩も持ちがち。PMとしての存在意義というか、ものをつくるってひとりでは絶対にできないと気づけました。自分が必要だと自覚できなかったら、危なかったと思うんですけど。

過程をどれだけよくするか
その大事なところに、自分の仕事がある

鈴木

僕は、制作会社内で手が回らない規模の大きい作品に呼ばれることがどうしても多いんですけど、実は規模の小さい作品の応用なんですよね。どうしても、派手で大きい作品の方がすごいと言われがちだけれど、実は僕らのポジションは、コンパクトな規模の作品をちゃんとやって、周りにいる人がどんな作業をしているかを見る経験がすごく重要。例えば撮影部なら機材の話、美術部なら事前準備があって建て込みの前にこういう作業があってと、少ない人数なら顔が見えてわかるんですけど、規模が大きくなると途端にわからなくなるんですよ。映画は2~3カ月の間に人間関係のことは解決していくんですけど、広告は多くても4日間くらいのなかでそれをしないといけないから難しい。

たしかに広告の現場にはものすごい人数がいますね。

鈴木

小さい作品で培えるものが絶対にあると思う。新しく始める人は、来たものを選ばずちゃんとやっていけばいい。そうしたら、気づいたらできることが増えていた、となるんですよね。

お二方は、広告にはどういう精神で取り組んでいるんですか。

鈴木

僕は最低限、とにかく撮影を円滑に無事終わらせるというのが仕事。だから、完パケたものって後からついてきたものでしかないんです。僕らにとって大事なのは、その過程。一緒に仕事をした過程で、次も一緒にやりたいかが決まると思うんですよね。それはプロダクションも同じだと思う。年齢も上がってきたんで、過程のクオリティを上げていく方向でいつも考えています。そして僕としては、新人さんとか、経験の浅い若い人とやるのが今は楽しいんですよ。

神谷

本当にありがたいです。そんな人、いないですよ。僕は社会人になって初めて東京に出てきて、この世界に入って、一気に知らなくて怖いことが増えたんです。右も左もわからなくて、人見知りでビビりで、本当にどうしたらいいかわからなかった。 同時に「すごい」と思う人たちもいっぱい増えて。そういう人たちに対して最初はうまくできなかったけど、やっていくうちにあちらから返してくれることが出てきたんです。さっきスーさんが言ってくれたように、メールのことや、進め方、付き合い方に対して、ほめてくれる人が出てきた。ただでさえ尊敬している人たちにそう返してもらえると、もうがんばれちゃう。 僕も、完成した映像というより過程に対してリスペクトがある気がします。以前、大好きな監督が「クリエイターってアイデアが枯渇しないんですか」と聞かれたときに、「ゼロから生み出しているわけではなく、目の前のものが教えてくれることを自分の中で変換して外に出している。だからなくなることはない」と話していて。自分の仕事はその過程のひとつで、しかもすごい大事なところにあると思えたんです。そんな自覚があるから、がんばれている。そういうことを伝えるのがスーさんのようにできなくて、まだまだだなと思います。でも伝えることもがんばっていきたいと、最近は思っています。

鈴木雄大

監督補・助監督 1983年生まれ。

広告と映画を横断し、数多くの作品制作に携わる。近年では岩井俊二監督・脚本作品『夏至物語』『キリエのうた』、WimWenders監督映画『PERFECT DAYS』などに参加。

神谷諒

Spoonプロダクションマネージャー 1995年生まれ。

SMBC『カラフルな人びと。』シリーズ、相鉄・東急直通線開業記念ムービー『父と娘の風景』など、多数作品の制作を担当。 JAC AWARD 2023【プロダクションマネージャー部門】グランプリ受賞。

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